1.野生植物の採集と標本の作成方法
生物の多様性を把握するには、多くの個体を比較する必要がある。また、研究の妥当性を再検討する場合に、研究に用いた材料を証拠標本として残しておくことにより、比較・検討が容易にできる。 ここでは、研究に耐えうる標本を作る技術を習得することを目的とする。
1-1 準備用具
1)服装
野外で活動できる服装
(長袖、長ズボン、登山靴またはスポーツシューズ、帽子)
2)装備
雨具(傘またはカッパ)、リュックサック(荷物は背負って両手をあけて行動すること)、タオル、ティッシュ、 弁当、水筒、軍手、カメラ(必要であれば)、たばこを嗜む人は携帯用灰皿を準備すること
3)採集および調査用具
地図、野冊(段ボールを新聞紙の大きさに切ったもの30枚)、野冊を入れるビニール袋、野冊をくくるヒモ、野帳(ノート)、筆記用具(鉛筆、油性ペン)、新聞紙(一枚を縦に半分に切ったもの30枚)、地図、剪定バサミ、根堀、高枝バサミ、ビニール袋(大、小)、高度計(GPS)、豆荷札、筆記台、コンパス、クリノメータ、ルーペ、ラベル
左から、野冊(ベニヤ板、荷ひも、段ボール、新聞紙)、根掘り、剪定ばさみとルーペ
4)事故対策
自分勝手な行動を慎み、教員の指示に従うこと。危険な場所には立ち入らない。
虫がいます!:ブヨなどの虫に弱い人は、あらかじめ防虫スプレーを塗るか携帯用蚊取 り線香を用意しておく。
マムシ:初夏からマムシが出現するため、草むらやブッシュなどは棒で確認してから入 ること。
ハチ:むやみに刺激しないこと。
切り傷:消毒しバンドエイドまたは包帯で処置する。
1-2 植物の採集と乾燥標本の作成
植物の種名を調べるのに最も適した標本は、花と果実の両方を付けたものであり、それらは分類に用いる形質として特に重要である。イネ科やカヤツリグサ科のように花がなければ同定の難しいものがあるので注意を要する。
1)採集
標本は植物体全体を採集するのが望ましいが、木本類や草本類でも大型の場合は花、果実、葉、樹皮等を部分的に採集せざるをえない。
(1)普通の草本植物は根堀を使用して地下部から採集する。根の部分に付いた泥は、なるべくきれいに取り除いておく。
(2)植物は台紙(39.5cm×27.5cm)に張り付けることができる大きさに採集するが、大きいものは適当に折り曲げる。
ヤワラスゲ(Carex transversa Boott)
2)標本の作成
採集した植物は現地ですぐ野冊に挟む。すぐにおさない場合には、胴乱かビニール袋にいれ、しおれないようにして持ち帰る。
(1)古新聞紙の一枚を縦に半分に切り、それを横に半折にする。折った間に植物を挟む。花弁が新聞紙に付いたり、変色する場合は、標本の両側を半紙で挟むとよい。吸水紙や新聞紙を挟み、アイゼンバンド等で野冊を縛る。
(2)植物は乾燥標本のできあがりを考えて、葉や花はなるべく重ならないようにする。また、葉はすべて表面だけ出すのではなく、一部は裏面も見せるようにする。
(3)折った紙の右上に日付けと標本番号を記入しておく。野帳には採集地名、標高、植物体の丈の高さや花の色、生育地の状態等を記録しておく。
(4)標本の乾燥:実験室に持ち帰った後、普通3日ぐらいは吸水紙を毎日取りかえ、次に1日おきに標本が充分乾燥するまで取りかえる。第1回目の吸水紙とりかえの時、新聞紙を開けて、標本の折れた葉をのばしたり姿を整える。乾燥器を用いる場合は吸水紙を取りかえる必要はなく、50℃前後で数日乾燥するとよい。
(5)出来上がった標本は、白色の台紙にはりつける。帯状(幅2-4mm)に切った細い紙にアラビアゴムをぬったものでつける。種子や葉などが取れたときは小さい紙の袋にいれて台紙の上にはっておく。
アオヒエスゲ(Carex insaniae Koidz. var. subdita (Ohwi) Ohwiの標本)
3)種名の同定
植物を見てその名前が全くわからない場合には、図鑑の検索表に従って調べる必要がある。普通は分類の階級表の科または属から種の検索を始める。
(1)植物の分類階級表
植物を階級をもった群にまとめると次のようになる。どのような階級を用いるかは「国際植物命名規約」で規定されている。
門 Division 亜門 Subdivision
綱 Class 亜綱 Subclass
目 Order 亜目 Suborder
科 Family 亜科 Subfamily
族 Tribe 亜族 Subtribe
属 Genus 亜属 Subgenus
節 Section 亜節 Subsection
種 Species 亜種 Subspecies
変種 Variety 亜変種 Subvariety
品種 Forma 亜品種 Subforma
(2)学名
高等植物の学名は Linne の「植物の種」Species Plantarum が基準となっており、二名法で表される。例えばタガネソウの学名は Carex siderosticta Hance となり、Carex(スゲ属)という属名とsiderosticta という種名から構成されている。また、種名の次にその命名者をつけるように決められている。亜種、変種の場合は三名法で、種名のあとに亜種、変種をあらわす名称を加える。ただし、ある種の中に2以上の亜種(変種)があるときは、その基本となるものは、種名をくりかえす。学名は万国共通であり、和名とともに必ず記載する必要がある。
4)ラベルの作成
台紙の右下にラベルをはる。ラベルには学名や和名、採集地、標高、採集年月日、採集者名だけでなく、次のような生育地に関するデータも記入しておく。
例) 湿地か乾燥地、陰地か陽地、酸性土壌かアルカリ性土壌、
火山灰土、花崗岩地帯、石灰岩地帯、安山岩地帯、蛇紋岩地帯
海岸、畑、路傍、林床、林縁、尾根
粘土、腐葉土、礫、岩上
5)タイプ標本の種類
既存の属や種が細分されたり、合一されたり、ランクの変更があるときは、タイプ標本を決めておくと混乱をさけることができる。主なタイプ標本には次のようなものがある。
(1) Holotype specimen 正基準標本。新分類群が記載、発表されたとき、命名上のタイ プとして著者によって明らかに選定された1標本。
(2) Lectotype specimen 選定基準標本。原著者が Holotype 標本を選定しなかったとき、 あるいは選定した Holotype 標本が失われたとき、研究された原標本のなかから タイプとして選定した1標本。
(3) Neotype specimen 新基準標本。新分類群の発表に用いられたすべての標本が失わ れたために、新しく命名上のタイプをつとめるように選定された標本。
(4) Isotype specimen 複基準標本。Holotype 標本の重複標本で、同じ時に、同じ場所で、 同じ人によって採集された標本で、Holotype 標本とちがうとは考えられない標 本。
(5) Paratype specimen 従基準標本。原記載に引用された Holotype 標本以外のすべての 標本。
赤い判子やシールでTypeを示していることが多い。(京都大学にて)
6)標本の保存
湿度の高い日本では、なるべく乾燥した部屋に保管しカビがはえるのを防ぐ必要がある。また虫害を防ぐためにナフタリンなどの殺虫剤を1年に1回程度いれる。キク科、セリ科、バラ科、アブラナ科、キンポウゲ科などは虫害をうけやすいが、イネ科、カヤツリグサ科、シダ類などは比較的虫害が少ない。標本は、最初は小型の段ボールの箱の中にいれておくが、最終的には厚めの模造紙を二つ折りにしたカバーの中にいれて整理する。
標本庫名、科名、和名、学名、採集地、採集者、採集日、系統番号が示してある。星野研究室ではこれらをコンピューターで入力管理し、ラベルを打ち出すことができるように設定してある。ラベルが大量に必要な場合などは大変便利である。
標本ラベルの記入例
*野外調査法のレポート作成と注意
1.標本の乾燥とラベル作成
標本の乾燥が完了したのを確認し、ラベルを作成し標本につける。生物学実験室の図鑑を利用し、種名の検索・確認をする。標本は各自で作成、新聞紙にはさんだ状態でラベルを入れて提出。ラベルは新聞紙に貼らず、はさんだままでよい。調査地の標本 20種以上を提出すること。
2.植物リストの作成
このページのTopに戻る
Top pageに戻る |